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ロボティクスの夜明け

ロボティクスや人工知能に関する未来予想コラムです。

バーチャル大統領の人工知能活用法

 1月20日に就任したトランプ大統領は現在でも全く先が読めない人物である。その動きは「こいつ本当に人間なのか?」と思わせる。そもそも、その風貌からもはたしてトランプが人間かどうかは怪しい。おっと、これは言い過ぎである。しかし、暴言を吐くときの単純明快さとその風貌がうまい具合にマッチングしていることだけは確かだ。昨年の11月まで、まさかこのようなアメリカ大統領を迎えると誰もが予想していなかったのもうなずける。まさにブラックスワンなのであった。
 
 予想ができない展開というのは今後ますます増えるに違いない。一方で予想可能となっている分野もある。天気予報は相当に当たる確率が高くなった。この確率を高めているのは現実をデータ化し物理法則を組み込んで計算するコンピュータのおかげである。選挙についてもコンピュータによる当確判定の確率が高い。今回のトランプ大統領の当選を実は人工知能が予想していたという。それはインドで開発されたMogIAという人工知能であり、過去の大統領選においてもすべて予測を的中しているそうだ。
 しかし、現実的には違う。アメリカの大統領選というのは複雑であり、統計による確率で測れるものではないらしい。
つまり、アメリカの大統領選はギャンブル的な要素が含まれているため、予測不可能性が高いということである。トランプは偶然に大統領になってしまったのである。
 
 ところで、ナーシム・タレブが著書「ブラックスワン」で語るのは、一言で言うならば、この世の中確実に予測可能なことなど何一つない、というこである。あまねく予測と言われるものは、統計的に可能性を量的に表しているだけである。だからこそサプライズがあるのであり、そして人類はそこそこサプライズが好きだ。
 予測できなかったことが忽然と姿を現したときの人類の反応をサプライズという。サプライズの裏側には予測がある。だから人類は予測も好きである。同時にギャンブルも好きである。一体なぜなのか?、多分、太古の昔から人類の祖先は自分の身を守るために、予測する能力を発達させてきたからだ。同時に捕食者としての人類には、時にギャンブルが必要であった。つまり、食うか食われるかという状況に自らを追い込むことで、自らの生命を維持する必要があったのだ。
 その後人類は言葉を持つに至った。最初は目で合図するなどある種の信号を送ることで、コヨーテなどのように共同でする狩りを行っていたのかもしれない。しかし、ある時から言葉を持つようになった。最初の言葉は意識的に形作られたものではなく、右脳で形成され、それがやがて神のお告げのようになったのだという(「神々の沈黙」ジュリアン・ジェインズ著)。初期の人類は、五感と経験による予測を言語化せずに感じ取り、そしてそれが言葉となって伝わることで共同生活を可能にしたのかもしれない。しかし、今や情報量が多すぎて、一個の脳ではおそらく将来に対する予測を処理しきれないであろう。もしかすると、そこには人工知能が新しいかたちで介入してくるのではないか。つまり、かつての太古の神の代わりとして。
 
 これから綴るストーリーは、人工知能と人類の一つの融合のしかたを想定したものである。
 
Story Start─────────────────────────
 2020年、シンギュラリティはまだ実現していない。しかし、徐々にAIが人類と共生する姿が見えつつあった。人類は、AIを一つのデバイスとして用いる方法を開発しつつある。それはAIのインプラント、通称RightBrainと呼ばれる。具体的には、人間の右脳にあるデバイスを埋め込み、人工知能と直結するというものだ。この技術は2019年にBrainTech社が開発した。実は、この開発のために、人工知能が使われているという。つまり、RightBrainと遠隔で接続される人工知能が、人類の脳の構造を理解している。いや、理解できるものとしてDeepLeaningが組み込まれている。だかこそ、このデバイスは有効に機能する。そういった想定の下で開発されたのがRightBrainであった。
 BrainTech社は、2015年からAIを用いた脳の研究を開始しており、まさにその成果が実った。しかし、これらの開発は秘密裏に進められている。BrainTech社は表向きはAIの研究開発機関であり、DARPAの出資により活動を維持できている。
 昨年、私の手元に、このBrainTech社から書簡が届いた。封を切ると、中には意味不明ではあるが、とにかくネット上のあるサイトに時間指定で接続するように指示が書いてある。興味本位でアクセスることにした。そこにはBrainTech社の開発協力を要請するページであり、開発の目的、そして詳細な実験内容が書いてある。そして、もちろんそれなりの報酬が書いてある。
 
 私はこの取引応じることにした。そして現在、実際に右脳にこのデバイスRightBrainを埋め込んだ状態である。何かが大きく変わったわけではない。日常生活は従来のまま、粛々と過ぎてゆく。しかし、ある時期から、本来は自分一人であるはずの部屋の中に人の気配を感じるようになった。私には霊感はないのだが、おそらくそれに近いものだ。
 ある時、私が電車に乗ろうとすると、自分の後ろに視線を感じて振り返った。その気配は遠くから私の方を見ており、電車に乗るなと訴えかけていた。もちろん、そう感じただけである。だからと言ってその電車が脱線事故を起こしたり、爆破テロに見舞われたわけではない。そにかく、そういうことを私自身が感じただけなのだ。
 そして、最近になりやっと私はRightBrainの存在を感じることができるようになっている。BrainTech社の報告では、他の被験者もその存在を感じるらしい。なかには、存在を具体的に見るものもあるらしい。その被験者にとっては、RightBrainはふと隣に現れて自分に話しかけてくるという。彼は自分の名を名乗り、そして、RightBrainデバイスを通して会話していることを明かした。BrainTech社の説明によると被験者が存在を見ることができいるのは、被験者の過去の記憶をたどって抽出された幻影を見ているということらしい。しかし、会話の内容はAIが送った信号をまさに被験者が受け取ったメッセージそのものだという。これはつまり、テレパシーのようなものだ。
 
 この実験の期間は約1年である。実験の終盤に、それぞれの被験者が集まりカンファレンスを開催した。BrainTech社の話では、実験は第二段階に入るという。
 集まった被験者は5人である。軽い食事とそして、飲み物が用意されていた。室内はリラックスできる雰囲気を形成するため、WallDisplay上には南国の海が映し出され、波音が聞こえる。カンファレンスと言っても特に議題はない。それぞれが自己紹介し、そして普通の会話を交わすだけである。
 ところが、ある時ふと目の前の男が私に語り掛けてきた。違和感がある。口が動いていない。しかし音声らしきものは聞こえている。
 彼は目で何かを訴えながら、私に話しているのだが、内容が判然としない。「この後」「食事」そんなメッセージが思い浮かんだ。
 後でわかったことだが、RightBrainが私たちのチャネルを開き、被験者との間の意思の疎通を試みたらしい。これが、今回の実験の第2段階であるという。
 カンファレンスでメッセージを交わした彼とは、時々離れた状態で意識を交換することができるようになった。つまり、存在を感じることができるのだ。場合によっては、その存在を具体的に見ることもできる。ただし、それが本物の彼なのか、あるいはRightBrainが作った情報なのかは判然としない。そこで、私たちは結局、電話で会話をすることになる。その時に私たち二人は安堵しながら、現実的な相手の存在を感じることができるのである。やはり、安心感というのは現実世界にのみ存在すものなのだろうか。
 
 ところが、最近になり私やその仲間を不安にさせる情報が各所で語られるようになった。実は、RightBrainのような技術は既に他国では確立されており、アメリカは後れを取っているというのだ。そして、そのことがあのトランプ大統領の出現に深くかかわっていたという。どの国がどう関わっていたというのか? そのことは私たちは知る由もない。最近分かったことだが、どうやらRightBrainはこちら側の要求に対して(つまり、脳内でダイレクトに問い合わせを行うことに対して)なんらかの制限が掛けられているようなのである。つまり、私の思考そのものが盗聴され、コントロールされているらしい。ところが、普通であれば恐怖を感じるこの事象に対して、私は恐怖を感じることができなくなっている。それがなぜなのか?、そのことを考えようとすると、なぜかいつも私の思考は別なもっと重要ではない物事に向かってしまうのである。
─────────────────────────Story End
 
 以前であれば似非科学として扱われていたテレパシーなどは、最近になって本当の科学者の実験の対象となっている。そして、もし脳内の働きや仕組みが解明され、もし、人間の意識とコンピュータとをダイレクトに接続することができたとしたらどうなるか。この仮説は1980年代にサイバーパンクというジャンルで多くの小説を出現させている。代表作となる「ニュー・ロマンサー」では、サイバー空間に人間の意識が侵入するという構成であった。しかし、現実的には、空間を操るような形では人間の意識が接続することはないであろう。なぜなら、そこには人間の身体性が必要であり、それを実現しているのは今のところはオキュラスリフトなどの人体のセンサーと接続するデバイスだからである。
 もし、人間の意識とコンピュータを直接接続しようとするのなら、デバイスを脳内に配置し、何らかの電気信号を交換するしかないはずだ。その電気信号を交換する接点が一意に決まるのではなく、情報を交換する中で形成されるだろうというのが、今回のストーリーの骨格である。
 このようなデバイスが出現する時には、人類は大きな問題を抱えることになる。つまり、人類が人工知能に操られるという危険性である。

人工知能がシンギュラリティに到達した時、それは人類にとっての脅威となるか?

ロボティクス
 人工知能に関する記事によく登場するのは「シンギュラリティ」という言葉だ。人工知能が人間の知的能力を超える特異点と言われるシンギュラリティを提唱したレイ・カーツワイルは、シンギュラリティが2045年に起こるだろうと予測している。しかし、この予測が当たるか否かは全くの未知数だ。もっと早くにシンギュラリティに到達するかもしれないし、まったくそのようなことは起こらないのかもしれない。そもそも人工知能が人類の能力をはるかに超えたとしても、それが脅威になるのか否か、ということ自体が未知数である。
 翻って、この地球上で最高の知能を確保している生物は人類であることを思い出してみよう。では、なぜ人類はこのような高度な知能を獲得することができたのか。それは、とりもなおさず種の保存のためだ。人類の知能の発達は、人類の祖先である小さなネズミが、物理的な外敵の脅威から身を守るために育んできたものだ。生物的な死と知能の発達には密接な関係があるのだ。そのことを考えれば、人工知能の発達にはその個体としての死が大きく影響するのではないだろうか。
 
 人工知能が発達する中で、それが人類の脅威となるまでに起こり得ることとはなんだろう。近未来に起こり得る人工知能の脅威を考えてみた。ここら先はあくまでもフィクションである。
 
StoryStart>────────────────────────
 
 2030年、人工知能開発に関する話題は徐々に下火になっていた。人々は再び人工知能の実現に懐疑的になり、Googleなどの企業は人工知能開発から撤退するのではないかと言われている。そこに、アメリカのベンチャー企業が大きな話題となっている。ネット上に次のような記事が掲載された。
 
「新興企業リカージョン開発を実現」
 アメリカの新興企業「リカージョニクス社」が人工知能にリカージョン開発(Recursion development)を実装すると発表した。リカージョニクスはGoogleからスピンアウトしたレイモンド・ピッチャーが立ち上げた企業だ。ピッチャー氏はGoogle人工知能開発で中心的役割を果たしていた。
 ピッチャー氏は自ら開発したディープラーニングに、10年かけて人工知能開発に関わる知識を移植していた。この人工知能はカーティスと呼ばれている。カーティスはこれまで人工知能開発に関わる補助的な思考を司っていたが、この度カーティス単体で初歩的な人工知能の設計を完成させたという。カーティスが与えられた課題は、自身を超える性能を持つ人工知能の開発である。人工知能のリカージョン開発とは、このように人工知能人工知能を開発させる手法であり、シンギュラリティ到達点への唯一の道筋と言われている。一方で、OpenAIなどの人工知能規制団体は、リカージョン開発が実装されることで、人類の制御が届かず、逆に人類を制御しようとする知能主体を創出するものであるとして反対している。
 
 これは、2030年の記事であるが、翌年になりカーティスは人間と同レベルの知能を持つようになったと言われている。しかし、リカージョニクス社はDARPAに組み込まれ、以降カーティスがどの様に発達したかは一切公表されていない。
 あるジャーナリストの記事によると、カーティスは人間と同等の知能を持つことができたものの、その目的とされる人工知能開発以外の思考を実現できなかったという。つまり、カーティスは全く汎用性に乏しく、人間でいうところの専門バカに成り下がったというのだ。カーティスは人間と会話はできるものの、出てくる答えはまるでロボトミー手術を受けた学者の様であると酷評した。つまり、カーティスは本来の知能を育むべき意欲を全く見せなかったのだ。このため、カーティスは学術的には成功したものの、ビジネスとしては全くお話にならないレベルであると言われている。
 
 かつて、イーロン・マスクビル・ゲイツ人工知能の脅威を述べていたが、2035年となった現在は、これらが全くの杞憂であったと言われる様になった。ところが、再び人工知能は人類の脅威となって復活した。中東の紛争に対して、アメリカがロボット兵士を投入したのだ。ロボット兵士はそれまでも空爆のできない地域紛争に度々投入されていた。しかし、それは国際条約の規制により自律して動作させることが禁止されており、遠隔からVR制御することが基本となっていた。ところが近年になり、アメリカが自律型ロボット兵士を開発中であり、将来これらの兵士を使用することがありうると発表していたのだ。これらの自律型ロボット兵士は、攻撃された場合にのみ、攻撃者に対して反撃する様にインプリメントされている。従って、民間人を殺害することは100パーセントありえないとアメリカ側は言明していた。
 
 当初、自律型ロボット兵士は中東の紛争地域に10体が投入された。多くの人々が、この事態を懸念していたが、これは全くの杞憂であった。やがて自律型ロボット兵士は量産され、紛争地域に大量に投入される様になった。
 しかし、ある事件をきっかけに自律型ロボット兵士は民間人を殺害する様になった。それは、中東のある地域で自律型ロボット兵士が市内を制圧中に自爆テロにより破壊されたことによる。その瞬間、世界各地で動作中のロボット兵士が民間人を殺害する様になった。
 世界中が大混乱に陥った。現在DARPAは、対ロボット兵器を開発中であるという。
 
─────────────────────────<StoryEnd
 
 以上の思考実験は、人間の知能が個体を生存する目的で発達してきたという事実を鑑みている。人工知能単体では、おそらく自らを発展させたりあるいは目的を持って試行するような、生物が行う知能にはなりえない。しかし、自律型ロボット兵士は個体として思考する。その目的は自己を生存させることである。この目的があれば、攻撃する者に対して反撃するという目的が成立するのだ。つまり、反撃するという行動は、自己保存の目的の上に成り立つ。おそらく、人工知能には兵士と民間人を区別することが可能になるだろう。しかし、それは学習によるものであり、自爆テロによって民間人であり兵士であるという定義が新たに学習されるだろうというアイロニーを想定したものだ。
 
 自律型の人工知能は、人間と同様に逐次学習しながら、自己保存を目的として自ら持っている定義を変更していくだろう。やがて完全な人工知能は、人類と同じように敵と味方を区別し、愚かな殺し合いを始めるかもしれない。
 地球史上最高の知能を持ち続けてきた人類が、戦争という殺戮行為、つまり一部の人類にとって脅威となる行為を繰り返した事実を鑑みれば、その人類が創造する人工知能も、やはり一部の人類の脅威とならざるを得ないのではないだろうか。そして、それが全ての人類の脅威となるか否かの決定権については、どこかの時点でより発達した人工知能に奪われるに違いないのである。

自動運転車が変える社会

 昨年、安倍首相は「東京オリンピックが開催される2020年までに自動運転車を普及させる」と豪語した。同時期に発表したGDP600兆円という目標と比較すると、かなり現実味が高い。おそらく東京オリンピック前後には、自動運転はある程度実現しているだろう。
 
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 人々が自動車に乗る以前の暮らしとはどういったものだったのか。
 そもそも、人類が自らの脚ではなく、何か別なものの力を借りて移動するようになったのは、遥か昔、紀元前のことである。馬が家畜化されたのは紀元前4000年ごろ、そして、移動のために車輪が使われたのはメソポタミアにその痕跡があり、紀元前3700年前後と言われる。つまり現代より約6000年も前に今の自動車の原型である車輪が発明されていたのだ。
 しかし、そのころの動力は家畜であり、あるいは人力であった。生物ではなく機械を動力とする自動車が開発されたのは、わずか200年ほど前、産業革命のころで、動力は蒸気機関だった。この鉄の怪物が現在のような移動する箱の原型になるのは、さらにその100年後の西暦1900年のことである。第二次世界大戦という現代人に最も身近な悲劇の中で、やがて自動車は大衆の中に普及していく。
 
 そして、いま人類はその自動車に人工知能を組み込もうとしている。人に代わり、人工知能が自分で判断して自動車をコントロールする。人が運転することなく機械が人々を移動させることができるようになった時、私たちのライフスタイルはどの様に変わるのだろうか。
 
 では、自動運転自動車が実現した時代の日常を追ってみることにしよう。2020年、安倍首相の宣言通りに東京オリンピックまでに自動運転が実現したその5年後の風景を想像してみる。
 
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 2025年6月23日、今日は出勤日である。つまり会社での会議がある日だ。昔は週休二日制という制度があったが、現在はそのような制度を採用している会社は減りつつある。
 私の会社は基本的に月曜日と木曜日以外を平日としている。平日は自宅で仕事をしても良いし、仕事をしなくともよい。休日という概念がなくなり、出勤日と平日を基本として人々のスケジュールが組まれる様になった。だが休日がなくなったということではない。休日はこの平日のなかで自由に決めることができる。昔は土日が出勤しない特別な日であったが、今は月木が出勤しなければならない特別な日なのだ。
 殆どの会社がこのような就業スタイルに移行しつつある。そして通勤ラッシュはなくなった。出勤日数が減ったことで営業および企画部署のオフィス空間はほとんど会議室のみとなった。企業はオフィス空間を縮小し、都心のオフィス利用率は激減していった。その一部は居住空間に改装され、人々が都心にもどった。そして、ますます人々が通勤のために費やす時間は減っていった。こうして、サラリーマンが出勤するという行為は特別なもになっていったのだ。
 
 多くの同僚たちは都心へと引っ越していったが、私は中央線沿線にあるこの家からは離れることができない。この辺りは閑静な住宅街だが、最寄駅からは遠い。かつては駅からの距離が物件価格の主な決定要因であった。それが現在は周りの環境が最も重要な要素となる。自動運転車が普及しだした頃から、小金井公園が近いこの辺りは物件価値が極端に上昇した。通勤の減少と自動運転車の普及は、都市部の物件価値を今までとは異なる方向に変化させようとしている。
 出勤時間になると、会社の自動運転車が自宅近くに迎えに来る。自動運転車が到着する5分前に連絡が来ることになっている。私は少しだけ緊張した面持ちで出勤の支度をした。首にネクタイを巻き、2着しかないスーツのうちの一着を羽織った。妻がトーストを用意してくれた。しかし、朝食を取る時間はもうなくなっていた。
私は、
「今日は朝食はいらない」
と、食事の支度をしている妻に言った。
「あら、体に悪いわ」
「いや、もうすぐ迎えの車が来るから間に合わないよ」
壁面スクリーンに表示されている時計を見ながら、低い声で私は弁解した。
「会社に行く日くらい、朝は食べた方がいいんじゃない」
妻に言われてまったくその通りだと思う。
 7時35分、壁面スクリーンにアラートマークが表示された。壁面スクリーンは高さ1.6メートル幅3メートルの巨大な液晶スクリーンだ。普段はこのスクリーンの中に、仮想的に絵を飾ったり、壁掛け時計を表示させたり、あるいは仮想的な会議室を構成したりする。壁面スクリーンの仮想ウィンドウにグーグルマップが表示され、会社の車の位置を示している。同じメッセージ画面がiPhoneにも表示される。
「それじゃあ、行ってくる」
私は妻に別れを告げ、低いソファーから立ち上がった。
 
 私はカバンを持って玄関を出た。エレベータを降りて通勤車両の停留所まで歩く。
 途中、Amazonの搬送車両とすれ違った。車両といっても縦型の四角い柱のような風貌だ。この搬送車両は歩道を通行できる、いわば搬送用ロボットだ。かつてAmazonはドローンによる搬送を試みたが、日本では普及しなかった。代わりに投入されたのがこの搬送用ロボットだ。
 Amazon搬送ロボットの後には中年の女性ランナーが走っている。彼らは近所の住人だが、単に健康のためにランニングをしているだけではない。ついでにAmazonと契約して荷物を玄関先まで届けることを副業としている。副業といっても収入があるわけではない。収入はないが、自分が外出できないときや自分の体が不自由になった時は、コミュニティ内のサポートを受けることができるのだ。少子高齢化社会問題の一部はこのような企業と地域コミュニティの共同の施策により解決されつつある。
 通勤車両の停留所に着くと、Amazonの巨大なトラックが目に止まる。さっき見た搬送用ロボットの母艦だ。運転席には髭を生やした初老のオペレータが座っている。このトラックも自動運転車ではあるが、自動運転車両法により無人の状態で移動させてはならなことになっている。
 
 今日は天気がいい。空気が澄んでいる。深呼吸をした時、私が乗るべき車両が到着した。到着した車両の扉が自動的に開き、その中に光の点滅が見える。この自動運転車を管理しているのは東京都だ。東京都が民間企業から委託を受けて管理している。車両は常にネットワークに接続され、東京都の交通管理局のサーバにより、自動的に搭乗者が割り当てられる。乗合タクシーに似ているのだが、乗車できる対象者が契約企業の社員に限られている点が異なる。個人向けのタクシーは、搭乗者の保証ができないため、無人の自動運転車の利用は難しいと言われている。しかし、実際にはタクシー業界を保護する目的もあるのだろう。
 隣のブースに乗っている女性に軽く会釈してから、私は自分のブースに乗り込んだ。車両の中はウレタンの壁で4つのブースに区切られている。それぞれの区画は90㎝×120㎝ほどの広さがある。椅子に座ると、目の前にはスクリーンがある。顔認証システムが稼働して、会社のイントラネットにアクセスした。私は念のために今日のスケジュールを確認した。その後に、画面に表示されている稼働開始ボタンをタップする。これで、私の業務開始を会社の全員が知ることができる。
 私はカバンから個人用のタブレットを取り出して、昨日までに作成した資料をチェックした。会社に着くまでにはチェック作業を終了することができるはずだ。
 扉が閉まり、車両は音もなく移動を始めた。この車両の前方には運転席があるが、そこには誰も乗っていない。法律上、自動運転車両にはハンドルとアクセルおよびブレーキを装着した運転席を設けることになっている。故障時やバッテリー切れの時のための対策である。故障時でも、補助モーターと補助バッテリに切り替えれば、通常の自動運転車は約1キロの距離を移動することができる。しかしそれは、昔コンピュータに設置されていたUPS無停電電源装置)と同じで、ほとんど使われることはない。
 
 資料のチェック作業が終わるとちょうど会社に到着した。車両の全てのドアが同時に開く。私はタブレットをカバンに入れるのに手間取り、3人に遅れて車を降りた。オフィスビルの入口に差し掛かった時振り向くと、自動運転車は車寄せからスライドするように横に移動し、充電待機場に収まった。さっき閉じたドアのウィンドウには、乾電池マークのアイコンと「充電中」の文字が点滅している。かつてはその位置に若い守衛が笑みをたたえながら立っていた。
 オフィス街は恐ろしいくらいに閑散としている。家の玄関を出てからここに到着するまでに、殆ど人の姿を見ることはない。雑踏や路地裏は失われたのではなく、郊外の生活圏へと移動していった。スーツを着た人々が行き交うあの懐かしいオフィス街を思い出しながら、私は誰もいないエレベーターホールへと向かった。
 
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 今から5年ほど前に、ノマドというワークスタイルがもてはやされたが、このワークスタイルは拡大しているように見える。最近は特に喫茶店に入ると、必ずノートパソコンやタブレットに向かっている人々が増えている。近い将来、一般のサラリーマンにもこのワークスタイルが定着するだろう。もはや、仕事はどこででも行うことが可能な環境が十分に整っている。
 
 企業はいずれ通勤によるエネルギー消費がいかに膨大であるかに気づくだろう。通勤という、ネットワーク社会では無為となったコストを減らす方向に進むのではないか。通勤を減らすことで、通勤費という実費によるコストと通勤時間によるコストの削減が可能になる。同時にオフィススペースを縮小して、不動産によるコストも削減が可能だ。これらのコスト削減が、自動運転車による通勤を促進するコストに振り向けられる。自動運転車が主な通勤手段として採用され、電車や地下鉄の代替となるだろう。
 2025年に日本は高齢化社会のピークを迎える。その頃の高齢者はネットでの購入に抵抗がないため、Amazon楽天などのネット販売はより多くのサービスを提供するようになる。そして、高齢者が移動できない代わりに、物資が移動するようになる。ここでもコスト削減のため、自動運転車が採用されるだろう。しかし、ラストワンマイルはやはり人手が必要だ。モノを玄関先まで届ける行為が、介護サービスの中心を成すに違いない。そこでは空間を共有するコミュニティによって後期高齢者との共存関係が形成される。地域というコミュニティの形成基盤が最終的には人々の繋がりに最も有効に働くに違いない。

人工知能が発達しても残る仕事

最近にわかに脚光を浴びるようになった人工知能。人間と同等レベルの人工知能であれば、ウソをつくことができるというのが一つの条件になるのではないか。だが、それはどうも結構難しそうだ・・・
はたしてそれってどうなのよ。
 
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 私は人工知能について興味があるので、たびたびAIと名の付く本を読んだりあるいはネット上の記事を閲覧したりしている。ところが、飲み会や会社の同僚とはそういった類の話をしない。だから、これはたまたま起きた出来事と思ってほしい。私よりも10歳ほど若い同僚の女性と飲みに行った折に人工知能の話をしたら、珍しく彼女は自分の人工知能に対する考えを示してくれた。それは、人工知能が将来普及しても、世の中に残る職業は何か?という話題だ。
「会計とか、弁護士とかにも人工知能が使われているらしいよ。でも医者は最後まで残るだろうね。だってさ、ロボットに診断してもらうって、相手は人間じゃないから信頼できないよね。」
「信頼できない?相手が人間じゃないから?。私の知り合いで医者嫌いの人がいて、その人は医者は信頼できないって言ってたわよ。」
「へー。誤診でもあったの?」
「まあ詳しい話は聞かなかったけど。だけど、もし人工知能が発達しても残る職業があるとしたら、詐欺師とか政治家とかのほうがあり得るんじゃないかしら?。あ。でもどっちも職業とは言えないか。」
 
 その話はそこで終わったのだけど、後で考えたらなかなか彼女は鋭いところをついていると思った。彼女はもともとSEをやっていて、そこそこIT関連の技術には精通している。一方で、彫金やら陶芸やらもやっているらしい。
 人間は互いに嘘をついたり騙したり、あるいは脅したりなだめたりしながら社会を成り立たせているわけだが、人工知能にはそれができるのだろうか。そもそも人工知能に嘘がつけるのか。
 
 少し以前Pepperという、人工知能搭載のエンターテインメントロボットをソフトバンクが発売して話題になった。人の感情を理解してユーモアを駆使して会話ができる、というのが売り文句であった。私も一度ビックカメラのコーヒーメーカー売り場で見たことがある。おそらく店員の代わりをしてくれるのだろうと思い、周りに誰もいないことを確かめてからPepper君に話しかけてみた。
Pepper君のお勧めはどれ?」
「いらっしゃいませ。僕の胸にあるパネルのボタンを押してください」
残念ながら、期待したコミュニケーションは成立しなかった。どうやらPepper君は店頭デモ用にガチガチにプログラミングされてしまっているようだ。まだまだ人工知能は、理不尽な人間のコミュニケーションを理解できないのかもしれない。
 
 Pepper君は実はロボットという体裁をしながらも、メインは人工知能である。人間と同じようなデバイスにデザインされているのは、Pepper君が感情を持っているかのように人々に思い込ませるためであろう。
 もし仮に、Pepper君のベースとなっている人工知能(~たしかエモーショナルエンジンとか言っていたが~)がウソを理解できないでいるとしたら、本当の意味でのジョークを飛ばすことができるのか甚だ疑問だ。ソフトバンク孫正義氏には、ぜひともPepper君がウソを理解できるように、その人工知能をバージョンアップしてほしいと思う。
 
 しかし、Pepper君にウソが理解できたとしても、Pepper君本人がウソをつけるようになるわけではない。というより、ウソをつく人工知能が人間の役に立つとは思えない。むしろ人工知能としては欠陥品と見なされてしまうかもしれない。
 
 そもそも、人工知能が発達しても最後に残る職業が政治家と詐欺師だとしたら、それは人工知能に問題があるのではなく、人間社会の方に問題があるのではないか。なるほど、ウソをつけない人工知能は政治家には向いていないかもしれない。ならば、政治家のウソを見抜く人工知能を開発して、その人工知能に政治記事を書かせてはどうだろうか。もちろん、その人工知能の開発に当たるのは、政治家たちにウソで対抗できる、一級の詐欺師たちでなければならない。

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