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ロボティクスの夜明け

ロボティクスや人工知能に関する未来予想コラムです。

自動運転車が変える社会

 昨年、安倍首相は「東京オリンピックが開催される2020年までに自動運転車を普及させる」と豪語した。同時期に発表したGDP600兆円という目標と比較すると、かなり現実味が高い。おそらく東京オリンピック前後には、自動運転はある程度実現しているだろう。
 
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 人々が自動車に乗る以前の暮らしとはどういったものだったのか。
 そもそも、人類が自らの脚ではなく、何か別なものの力を借りて移動するようになったのは、遥か昔、紀元前のことである。馬が家畜化されたのは紀元前4000年ごろ、そして、移動のために車輪が使われたのはメソポタミアにその痕跡があり、紀元前3700年前後と言われる。つまり現代より約6000年も前に今の自動車の原型である車輪が発明されていたのだ。
 しかし、そのころの動力は家畜であり、あるいは人力であった。生物ではなく機械を動力とする自動車が開発されたのは、わずか200年ほど前、産業革命のころで、動力は蒸気機関だった。この鉄の怪物が現在のような移動する箱の原型になるのは、さらにその100年後の西暦1900年のことである。第二次世界大戦という現代人に最も身近な悲劇の中で、やがて自動車は大衆の中に普及していく。
 
 そして、いま人類はその自動車に人工知能を組み込もうとしている。人に代わり、人工知能が自分で判断して自動車をコントロールする。人が運転することなく機械が人々を移動させることができるようになった時、私たちのライフスタイルはどの様に変わるのだろうか。
 
 では、自動運転自動車が実現した時代の日常を追ってみることにしよう。2020年、安倍首相の宣言通りに東京オリンピックまでに自動運転が実現したその5年後の風景を想像してみる。
 
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 2025年6月23日、今日は出勤日である。つまり会社での会議がある日だ。昔は週休二日制という制度があったが、現在はそのような制度を採用している会社は減りつつある。
 私の会社は基本的に月曜日と木曜日以外を平日としている。平日は自宅で仕事をしても良いし、仕事をしなくともよい。休日という概念がなくなり、出勤日と平日を基本として人々のスケジュールが組まれる様になった。だが休日がなくなったということではない。休日はこの平日のなかで自由に決めることができる。昔は土日が出勤しない特別な日であったが、今は月木が出勤しなければならない特別な日なのだ。
 殆どの会社がこのような就業スタイルに移行しつつある。そして通勤ラッシュはなくなった。出勤日数が減ったことで営業および企画部署のオフィス空間はほとんど会議室のみとなった。企業はオフィス空間を縮小し、都心のオフィス利用率は激減していった。その一部は居住空間に改装され、人々が都心にもどった。そして、ますます人々が通勤のために費やす時間は減っていった。こうして、サラリーマンが出勤するという行為は特別なもになっていったのだ。
 
 多くの同僚たちは都心へと引っ越していったが、私は中央線沿線にあるこの家からは離れることができない。この辺りは閑静な住宅街だが、最寄駅からは遠い。かつては駅からの距離が物件価格の主な決定要因であった。それが現在は周りの環境が最も重要な要素となる。自動運転車が普及しだした頃から、小金井公園が近いこの辺りは物件価値が極端に上昇した。通勤の減少と自動運転車の普及は、都市部の物件価値を今までとは異なる方向に変化させようとしている。
 出勤時間になると、会社の自動運転車が自宅近くに迎えに来る。自動運転車が到着する5分前に連絡が来ることになっている。私は少しだけ緊張した面持ちで出勤の支度をした。首にネクタイを巻き、2着しかないスーツのうちの一着を羽織った。妻がトーストを用意してくれた。しかし、朝食を取る時間はもうなくなっていた。
私は、
「今日は朝食はいらない」
と、食事の支度をしている妻に言った。
「あら、体に悪いわ」
「いや、もうすぐ迎えの車が来るから間に合わないよ」
壁面スクリーンに表示されている時計を見ながら、低い声で私は弁解した。
「会社に行く日くらい、朝は食べた方がいいんじゃない」
妻に言われてまったくその通りだと思う。
 7時35分、壁面スクリーンにアラートマークが表示された。壁面スクリーンは高さ1.6メートル幅3メートルの巨大な液晶スクリーンだ。普段はこのスクリーンの中に、仮想的に絵を飾ったり、壁掛け時計を表示させたり、あるいは仮想的な会議室を構成したりする。壁面スクリーンの仮想ウィンドウにグーグルマップが表示され、会社の車の位置を示している。同じメッセージ画面がiPhoneにも表示される。
「それじゃあ、行ってくる」
私は妻に別れを告げ、低いソファーから立ち上がった。
 
 私はカバンを持って玄関を出た。エレベータを降りて通勤車両の停留所まで歩く。
 途中、Amazonの搬送車両とすれ違った。車両といっても縦型の四角い柱のような風貌だ。この搬送車両は歩道を通行できる、いわば搬送用ロボットだ。かつてAmazonはドローンによる搬送を試みたが、日本では普及しなかった。代わりに投入されたのがこの搬送用ロボットだ。
 Amazon搬送ロボットの後には中年の女性ランナーが走っている。彼らは近所の住人だが、単に健康のためにランニングをしているだけではない。ついでにAmazonと契約して荷物を玄関先まで届けることを副業としている。副業といっても収入があるわけではない。収入はないが、自分が外出できないときや自分の体が不自由になった時は、コミュニティ内のサポートを受けることができるのだ。少子高齢化社会問題の一部はこのような企業と地域コミュニティの共同の施策により解決されつつある。
 通勤車両の停留所に着くと、Amazonの巨大なトラックが目に止まる。さっき見た搬送用ロボットの母艦だ。運転席には髭を生やした初老のオペレータが座っている。このトラックも自動運転車ではあるが、自動運転車両法により無人の状態で移動させてはならなことになっている。
 
 今日は天気がいい。空気が澄んでいる。深呼吸をした時、私が乗るべき車両が到着した。到着した車両の扉が自動的に開き、その中に光の点滅が見える。この自動運転車を管理しているのは東京都だ。東京都が民間企業から委託を受けて管理している。車両は常にネットワークに接続され、東京都の交通管理局のサーバにより、自動的に搭乗者が割り当てられる。乗合タクシーに似ているのだが、乗車できる対象者が契約企業の社員に限られている点が異なる。個人向けのタクシーは、搭乗者の保証ができないため、無人の自動運転車の利用は難しいと言われている。しかし、実際にはタクシー業界を保護する目的もあるのだろう。
 隣のブースに乗っている女性に軽く会釈してから、私は自分のブースに乗り込んだ。車両の中はウレタンの壁で4つのブースに区切られている。それぞれの区画は90㎝×120㎝ほどの広さがある。椅子に座ると、目の前にはスクリーンがある。顔認証システムが稼働して、会社のイントラネットにアクセスした。私は念のために今日のスケジュールを確認した。その後に、画面に表示されている稼働開始ボタンをタップする。これで、私の業務開始を会社の全員が知ることができる。
 私はカバンから個人用のタブレットを取り出して、昨日までに作成した資料をチェックした。会社に着くまでにはチェック作業を終了することができるはずだ。
 扉が閉まり、車両は音もなく移動を始めた。この車両の前方には運転席があるが、そこには誰も乗っていない。法律上、自動運転車両にはハンドルとアクセルおよびブレーキを装着した運転席を設けることになっている。故障時やバッテリー切れの時のための対策である。故障時でも、補助モーターと補助バッテリに切り替えれば、通常の自動運転車は約1キロの距離を移動することができる。しかしそれは、昔コンピュータに設置されていたUPS無停電電源装置)と同じで、ほとんど使われることはない。
 
 資料のチェック作業が終わるとちょうど会社に到着した。車両の全てのドアが同時に開く。私はタブレットをカバンに入れるのに手間取り、3人に遅れて車を降りた。オフィスビルの入口に差し掛かった時振り向くと、自動運転車は車寄せからスライドするように横に移動し、充電待機場に収まった。さっき閉じたドアのウィンドウには、乾電池マークのアイコンと「充電中」の文字が点滅している。かつてはその位置に若い守衛が笑みをたたえながら立っていた。
 オフィス街は恐ろしいくらいに閑散としている。家の玄関を出てからここに到着するまでに、殆ど人の姿を見ることはない。雑踏や路地裏は失われたのではなく、郊外の生活圏へと移動していった。スーツを着た人々が行き交うあの懐かしいオフィス街を思い出しながら、私は誰もいないエレベーターホールへと向かった。
 
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 今から5年ほど前に、ノマドというワークスタイルがもてはやされたが、このワークスタイルは拡大しているように見える。最近は特に喫茶店に入ると、必ずノートパソコンやタブレットに向かっている人々が増えている。近い将来、一般のサラリーマンにもこのワークスタイルが定着するだろう。もはや、仕事はどこででも行うことが可能な環境が十分に整っている。
 
 企業はいずれ通勤によるエネルギー消費がいかに膨大であるかに気づくだろう。通勤という、ネットワーク社会では無為となったコストを減らす方向に進むのではないか。通勤を減らすことで、通勤費という実費によるコストと通勤時間によるコストの削減が可能になる。同時にオフィススペースを縮小して、不動産によるコストも削減が可能だ。これらのコスト削減が、自動運転車による通勤を促進するコストに振り向けられる。自動運転車が主な通勤手段として採用され、電車や地下鉄の代替となるだろう。
 2025年に日本は高齢化社会のピークを迎える。その頃の高齢者はネットでの購入に抵抗がないため、Amazon楽天などのネット販売はより多くのサービスを提供するようになる。そして、高齢者が移動できない代わりに、物資が移動するようになる。ここでもコスト削減のため、自動運転車が採用されるだろう。しかし、ラストワンマイルはやはり人手が必要だ。モノを玄関先まで届ける行為が、介護サービスの中心を成すに違いない。そこでは空間を共有するコミュニティによって後期高齢者との共存関係が形成される。地域というコミュニティの形成基盤が最終的には人々の繋がりに最も有効に働くに違いない。