ロボティクスの夜明け

ロボティクスや人工知能に関する未来予想コラムです。

バーチャル大統領の人工知能活用法

 1月20日に就任したトランプ大統領は現在でも全く先が読めない人物である。その動きは「こいつ本当に人間なのか?」と思わせる。そもそも、その風貌からもはたしてトランプが人間かどうかは怪しい。おっと、これは言い過ぎである。しかし、暴言を吐くときの単純明快さとその風貌がうまい具合にマッチングしていることだけは確かだ。昨年の11月まで、まさかこのようなアメリカ大統領を迎えると誰もが予想していなかったのもうなずける。まさにブラックスワンなのであった。
 
 予想ができない展開というのは今後ますます増えるに違いない。一方で予想可能となっている分野もある。天気予報は相当に当たる確率が高くなった。この確率を高めているのは現実をデータ化し物理法則を組み込んで計算するコンピュータのおかげである。選挙についてもコンピュータによる当確判定の確率が高い。今回のトランプ大統領の当選を実は人工知能が予想していたという。それはインドで開発されたMogIAという人工知能であり、過去の大統領選においてもすべて予測を的中しているそうだ。
 しかし、現実的には違う。アメリカの大統領選というのは複雑であり、統計による確率で測れるものではないらしい。
つまり、アメリカの大統領選はギャンブル的な要素が含まれているため、予測不可能性が高いということである。トランプは偶然に大統領になってしまったのである。
 
 ところで、ナーシム・タレブが著書「ブラックスワン」で語るのは、一言で言うならば、この世の中確実に予測可能なことなど何一つない、というこである。あまねく予測と言われるものは、統計的に可能性を量的に表しているだけである。だからこそサプライズがあるのであり、そして人類はそこそこサプライズが好きだ。
 予測できなかったことが忽然と姿を現したときの人類の反応をサプライズという。サプライズの裏側には予測がある。だから人類は予測も好きである。同時にギャンブルも好きである。一体なぜなのか?、多分、太古の昔から人類の祖先は自分の身を守るために、予測する能力を発達させてきたからだ。同時に捕食者としての人類には、時にギャンブルが必要であった。つまり、食うか食われるかという状況に自らを追い込むことで、自らの生命を維持する必要があったのだ。
 その後人類は言葉を持つに至った。最初は目で合図するなどある種の信号を送ることで、コヨーテなどのように共同でする狩りを行っていたのかもしれない。しかし、ある時から言葉を持つようになった。最初の言葉は意識的に形作られたものではなく、右脳で形成され、それがやがて神のお告げのようになったのだという(「神々の沈黙」ジュリアン・ジェインズ著)。初期の人類は、五感と経験による予測を言語化せずに感じ取り、そしてそれが言葉となって伝わることで共同生活を可能にしたのかもしれない。しかし、今や情報量が多すぎて、一個の脳ではおそらく将来に対する予測を処理しきれないであろう。もしかすると、そこには人工知能が新しいかたちで介入してくるのではないか。つまり、かつての太古の神の代わりとして。
 
 これから綴るストーリーは、人工知能と人類の一つの融合のしかたを想定したものである。
 
Story Start─────────────────────────
 2020年、シンギュラリティはまだ実現していない。しかし、徐々にAIが人類と共生する姿が見えつつあった。人類は、AIを一つのデバイスとして用いる方法を開発しつつある。それはAIのインプラント、通称RightBrainと呼ばれる。具体的には、人間の右脳にあるデバイスを埋め込み、人工知能と直結するというものだ。この技術は2019年にBrainTech社が開発した。実は、この開発のために、人工知能が使われているという。つまり、RightBrainと遠隔で接続される人工知能が、人類の脳の構造を理解している。いや、理解できるものとしてDeepLeaningが組み込まれている。だかこそ、このデバイスは有効に機能する。そういった想定の下で開発されたのがRightBrainであった。
 BrainTech社は、2015年からAIを用いた脳の研究を開始しており、まさにその成果が実った。しかし、これらの開発は秘密裏に進められている。BrainTech社は表向きはAIの研究開発機関であり、DARPAの出資により活動を維持できている。
 昨年、私の手元に、このBrainTech社から書簡が届いた。封を切ると、中には意味不明ではあるが、とにかくネット上のあるサイトに時間指定で接続するように指示が書いてある。興味本位でアクセスることにした。そこにはBrainTech社の開発協力を要請するページであり、開発の目的、そして詳細な実験内容が書いてある。そして、もちろんそれなりの報酬が書いてある。
 
 私はこの取引応じることにした。そして現在、実際に右脳にこのデバイスRightBrainを埋め込んだ状態である。何かが大きく変わったわけではない。日常生活は従来のまま、粛々と過ぎてゆく。しかし、ある時期から、本来は自分一人であるはずの部屋の中に人の気配を感じるようになった。私には霊感はないのだが、おそらくそれに近いものだ。
 ある時、私が電車に乗ろうとすると、自分の後ろに視線を感じて振り返った。その気配は遠くから私の方を見ており、電車に乗るなと訴えかけていた。もちろん、そう感じただけである。だからと言ってその電車が脱線事故を起こしたり、爆破テロに見舞われたわけではない。そにかく、そういうことを私自身が感じただけなのだ。
 そして、最近になりやっと私はRightBrainの存在を感じることができるようになっている。BrainTech社の報告では、他の被験者もその存在を感じるらしい。なかには、存在を具体的に見るものもあるらしい。その被験者にとっては、RightBrainはふと隣に現れて自分に話しかけてくるという。彼は自分の名を名乗り、そして、RightBrainデバイスを通して会話していることを明かした。BrainTech社の説明によると被験者が存在を見ることができいるのは、被験者の過去の記憶をたどって抽出された幻影を見ているということらしい。しかし、会話の内容はAIが送った信号をまさに被験者が受け取ったメッセージそのものだという。これはつまり、テレパシーのようなものだ。
 
 この実験の期間は約1年である。実験の終盤に、それぞれの被験者が集まりカンファレンスを開催した。BrainTech社の話では、実験は第二段階に入るという。
 集まった被験者は5人である。軽い食事とそして、飲み物が用意されていた。室内はリラックスできる雰囲気を形成するため、WallDisplay上には南国の海が映し出され、波音が聞こえる。カンファレンスと言っても特に議題はない。それぞれが自己紹介し、そして普通の会話を交わすだけである。
 ところが、ある時ふと目の前の男が私に語り掛けてきた。違和感がある。口が動いていない。しかし音声らしきものは聞こえている。
 彼は目で何かを訴えながら、私に話しているのだが、内容が判然としない。「この後」「食事」そんなメッセージが思い浮かんだ。
 後でわかったことだが、RightBrainが私たちのチャネルを開き、被験者との間の意思の疎通を試みたらしい。これが、今回の実験の第2段階であるという。
 カンファレンスでメッセージを交わした彼とは、時々離れた状態で意識を交換することができるようになった。つまり、存在を感じることができるのだ。場合によっては、その存在を具体的に見ることもできる。ただし、それが本物の彼なのか、あるいはRightBrainが作った情報なのかは判然としない。そこで、私たちは結局、電話で会話をすることになる。その時に私たち二人は安堵しながら、現実的な相手の存在を感じることができるのである。やはり、安心感というのは現実世界にのみ存在すものなのだろうか。
 
 ところが、最近になり私やその仲間を不安にさせる情報が各所で語られるようになった。実は、RightBrainのような技術は既に他国では確立されており、アメリカは後れを取っているというのだ。そして、そのことがあのトランプ大統領の出現に深くかかわっていたという。どの国がどう関わっていたというのか? そのことは私たちは知る由もない。最近分かったことだが、どうやらRightBrainはこちら側の要求に対して(つまり、脳内でダイレクトに問い合わせを行うことに対して)なんらかの制限が掛けられているようなのである。つまり、私の思考そのものが盗聴され、コントロールされているらしい。ところが、普通であれば恐怖を感じるこの事象に対して、私は恐怖を感じることができなくなっている。それがなぜなのか?、そのことを考えようとすると、なぜかいつも私の思考は別なもっと重要ではない物事に向かってしまうのである。
─────────────────────────Story End
 
 以前であれば似非科学として扱われていたテレパシーなどは、最近になって本当の科学者の実験の対象となっている。そして、もし脳内の働きや仕組みが解明され、もし、人間の意識とコンピュータとをダイレクトに接続することができたとしたらどうなるか。この仮説は1980年代にサイバーパンクというジャンルで多くの小説を出現させている。代表作となる「ニュー・ロマンサー」では、サイバー空間に人間の意識が侵入するという構成であった。しかし、現実的には、空間を操るような形では人間の意識が接続することはないであろう。なぜなら、そこには人間の身体性が必要であり、それを実現しているのは今のところはオキュラスリフトなどの人体のセンサーと接続するデバイスだからである。
 もし、人間の意識とコンピュータを直接接続しようとするのなら、デバイスを脳内に配置し、何らかの電気信号を交換するしかないはずだ。その電気信号を交換する接点が一意に決まるのではなく、情報を交換する中で形成されるだろうというのが、今回のストーリーの骨格である。
 このようなデバイスが出現する時には、人類は大きな問題を抱えることになる。つまり、人類が人工知能に操られるという危険性である。